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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)870号 判決

控訴人 北田貞夫

右訴訟代理人弁護士 山口周吉

同 太田稔

同 鬼追明夫

同 吉田訓康

同 辛島宏

同 安木健

同 出水順

被控訴人 株式会社岩本省三商店

右代表者代表取締役 岩本加代子

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 渡辺義次

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、(一)、被控訴会社に対し金一八三万九、八八〇円、およびこれに対する昭和四五年三月二六日から、(二)、被控訴人松本に対し金一五九万七、〇三七円、および内金一五七万二、〇三七円に対する前同日から、(三)、被控訴人正木に対し、金一七八万一、五二四円、およびこれに対する前同日から、各完済まで年六分の金員を支払え。

三  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人ら、その余を控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人らの各請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の法律上および事実上の主張ならびに証拠の関係は、左記に付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人の主張)

一  被控訴人らは、控訴人が個人経営をやめて訴外株式会社キタダを設立主宰したことは、当初から熟知しており、この点は昭和四二年一一月一一日家庭日用品新聞(業界新聞)にも広報され、同訴外会社でもP、Rに努め被控訴人らにも告知している。そして、控訴人は個人財産をもって支払う旨の保証をしたこともない。また、同訴外会社は控訴人との間で財産を混同したことは皆無であり、金銭出納帳や総勘定元帳も完備していたし、設立以来、会社として相当期間業務を継続してきたところ、たまたま第三者から不渡手形をうけて資金繰りに破綻を生じ、被控訴人らの取りつけをうけて倒産したにすぎない。従って被控訴人らが同訴外会社の法人格を否認することは、許されない。

二  仮に、控訴人に本件買掛代金債務の支払義務があるとしても、右債務は次のとおり相殺により消滅した。すなわち、訴外株式会社キタダに対する債権者である被控訴人ら全員と、訴外ライオン工業株式会社は、右株式会社キタダが、その振出にかかる昭和四四年一二月三〇日を満期とする約束手形が決済されず倒産したため、相次いで同会社に押しかけ同月三一日午前八時ごろから同日午後五時ごろにかけて、なんら同会社代表者の承諾がないことは勿論、留守番をしていた同社代表者の妻北田富美子や従業員が反対したのにかかわらず、相互に意思を相通じて同会社の所有にかかる在庫商品時価約二、九一九万円を、共同して交々同会社の倉庫から運び出してその所有権を侵害した。右行為は民法七一九条一項の共同不法行為であり共同不法行為による各人の加害額を知ることができない場合にあたるから、加害者である被控訴人ら全員および訴外ライオン工業株式会社は、連帯して同会社に対しその損害を賠償すべき責任がある。

よって、控訴人は、当審における第二回口頭弁論期日たる昭和四九年一一月二二日、右株式会社キタダの被控訴人らに対する損害賠償債権と被控訴人らの同会社に対する本件売掛代金債権とを、対当額で相殺する旨の意思表示をしたから、これにより本件買掛金債務は消滅した。

(被控訴人らの主張)

控訴人主張の相殺における反対債権の成立を否認する。すなわち

一  昭和四四年一二月三一日といえば、昼間の時間の最も短い時期であるから、午前七時三〇分ごろは夜も完全に明けきっていなかった筈である。訴外ライオン工事株式会社は、前日の夜から控訴人方に泊り込んでいたから右時刻に訴外株式会社キタダに行けたのであろうが、被控訴人らのうち被控訴人正木はともかくとして、他の二名は右時刻に同会社に行ける筈がないし、元旦の前日のこととて仕事ももちろん休業していた。被控訴人松本は、訴外ライオン工業株式会社が前記会社の商品を持出しているとの報告を受けたので、急いで同会社にかけつけ、右訴外会社が持出すのを阻止した事実があるのであって、この点からみても、被控訴人松本が始めから商品持出の目的を持って右会社を訪れたものでないことは明らかである。

二  被控訴人ら三名が、トラックの用意をして右会社の商品持出を開始したのは、結局昼ごろになってからであるが、このころには商品は殆んどなくなっていた。

従って、控訴人の相殺の抗弁は理由がない。

(証拠関係)《省略》

理由

一  被控訴会社が室内装飾品の製造卸販売を、被控訴人松本、同正木がいずれもベッド、座椅子等の製造卸販売を、訴外株式会社キタダ(以下単にキタダという)がベッド、座椅子、マホービンその他室内装飾品等の卸販売を、それぞれ業とする者で、被控訴人らが、それぞれその主張の商品をキタダに売渡してきたこと(取引額を除く)は、いずれも当事者間に争いがない。

二(1)  《証拠省略》を綜合すると、①被控訴会社は昭和四四年二月一八日から同年一一月二二日までの間にキタダに対し金二五三万三、四五二円相当の室内装飾品を売渡したが、キタダがその内金五五万〇、五六〇円を支払ったのみで、残金一九八万二、八九二円の支払をしないこと、②被控訴人松本は昭和四四年二月二六日から同年一一月一四日までの間にキタダに対し金五二〇万二、一六〇円相当のベッド、座椅子等を売渡したが、キタダは一部返品分を含め内金三五〇万七、九三〇円を支払ったのみで残金一六九万四、二三〇円の支払をせず、またキタダは同年一一月二九日被控訴人松本に対し未払代金の内金四五万円に対する同月二六日から同四五年三月二五日までの利息(手形割引料相当額)として金二万五、〇〇〇円を支払う旨約したこと、③被控訴人正木は昭和四四年九月二日から同年一一月一九日までの間にキタダに対し金二七九万三、五六〇円相当の座椅子を売渡したが、キタダは内金八七万三、五六〇円を支払ったのみで残金一九二万円の支払をしないことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(2)  被控訴人らはキタダの法人格を否認するので、これについて判断するに、《証拠省略》を綜合すると、

①  控訴人は昭和三九年ごろから個人で家庭用品の卸売業を営むようになり、昭和四一年ごろ以降被控訴人らから室内装飾品等を買入れていたが、その後右個人企業を法人組織に改め昭和四二年一〇月二六日キタダの設立登記をした。

②  キタダは資本金一〇〇万円、代表取締役控訴人、取締役北田富美子(控訴人の妻)、同山口利隆(控訴人の異母兄)、監査役林義次(控訴人の遠戚)とする小規模の同族会社で、その取扱商品、営業場所や設備は、控訴人の個人企業時代とほぼ同じであり、従業員は右のほか一、二名を雇用し、控訴人みずから商品の配達業務にも従事し、その事務関係の仕事は北田富美子が処理し、なお、山口利隆および林義次は、いわゆる名義貸役員にすぎず、適式な株主総会や取締役会は事実上これを開催することなく、代表取締役たる控訴人一人がキタダを意のままに経営していた。

③  キタダの本店は、控訴人の住所に隣接し、控訴人と同居中の母北田さわゑ所有名義の土地建物の一部をこれにあて、北田さわゑおよび控訴人個人所有名義の不動産には、キタダ、控訴人、北田さわゑを債務者とする担保権が多数設定されていた。

④  被控訴人らは、控訴人の個人企業が法人組織に改められた当初、その事実を全く知らず、控訴人から商品代金の支払のためキタダ振出の約束手形を受取るようになってから右事実を知るようになったが、キタダが実質的には控訴人の個人企業にほかならないと考えて取引を継続した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によると、控訴人はキタダを意のままに動かせる支配的地位にあり、控訴人またはその母とキタダとの間の財産や業務の収支の区別が不明確のまま営業が継続されていたのであるから、キタダは実質的には控訴人の個人企業であって、その法人格は全くの形骸にすぎず、事実上はキタダ即控訴人であると認めるのが相当である。そうすると、キタダと取引した被控訴人らは、たとえその取引がキタダ名義でなされたものであるとしても、これをその背後にある実体たる控訴人個人の行為と認め、控訴人に対しその責任を追求することができると解すべきである。従って、特段の事情のない限り、控訴人は被控訴会社に対し前示買掛代金残金一九八万二、八九二円、被控訴人松本に対し前示買掛代金残金一六九万四、二三〇円と利息金二万五、〇〇〇円の合計金一七一万九、二三〇円、被控訴人正木に対し前示買掛代金残金一九二万円、ならびに右各買掛代金残金に対する本件訴状送達後であることが記録上明らかな昭和四五年三月二六日から完済まで商法所定年六分の遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

三  次に、控訴人の相殺の抗弁について判断する。まず反対債権たる共同不法行為債権の成否について考えてみるに、民法七一九条一項にいう「共同の不法行為」とは、①、二人以上の者が共謀し、又は互いに意思を相通じて同一の不法行為を行なう場合(主観的関連共同性)はもちろん、②、このような共謀ないし意思の疎通がないときにおいても、数人が同一の機会に同種の違法行為により同種の損害を加えた場合(客観的関連共同)をいうのであるが、③、右②の場合においても、数人の内の或者が他の違法行為を妨害する目的をもあわせ有するときにおいては、両者間に共同の不法行為が成立しないと解すべきである。これを具体的にいえば、(1)、数名の債権者が、それぞれの債権の回収を図るため、債務者所有の動産を債務者に無断で運び出すことを共謀し、もしくはその意思を相通じてこれを実行した場合はもちろん、(2)、数名の債権者が右のように共謀することも意思を相通ずることもしないで、それぞれ自己の債権の回収のみを図らんとして、同一機会に同一場所から同種の動産を前同様運び出した場合にも、これら債権者の行為は同条の「共同不法行為」にあたるというべきであるけれども、(3)、数名の債権者の内一名が前同様の目的により債務者所有の動産を運び出し始めたのを知った他の債権者において、右行為を中止すべく申し入れたのにかかわらず、これを中止しないため、その者の搬出量をできるだけ少量に喰い止めるとともに、併せて自己の債権の回収をも図らんとして、他の債権者も債務者に無断でその所有動産を運び出したような場合においては、両者間に共同不法行為の関係が生じないと解すべきである。

これを本件についてみるに、《証拠省略》を綜合すると、訴外株式会社キタダは昭和四四年一二月ごろ経営不振に陥っていたが同月三〇日手形の不渡りを出すに至ったところ、同日これを知った訴外ライオン工業株式会社の担当係員が同社のキタダに対して有する代金債権につき、控訴人方に泊り込んで翌三一日朝までその決済を要求したが、控訴人不在のためその妻富美子では要領を得なかったため、朝八時頃から右債権の回収を図るべく、数台のトラックにより、控訴人やその妻の承諾がないのにキタダの在庫商品を運び出し始めたこと、このことを知った被控訴人正木、および同被控訴人から連絡を受けて被控訴人松本、同会社代表者岩本が、順次キタダ方に債権取立のためかけつけ、前記富美子に債権の決済方につきかけ合ったが要領を得ず、ライオン工業株式会社社員に対して商品の搬出を中止するよう申入れたが取り合われなかったため、このまま放置しておいてはライオン工業株式会社にキタダの在庫商品全部が持ち去られると思った被控訴人三名は、右会社による搬出商品量をできる限り少くさせるとともに、併せて自己の債権の回収をはかるためには右会社と同様、在庫商品を無断で持ち出すほかなしと考え、ここに三名が共謀して貨物自動車を使用してキタダの在庫商品の一部(その価額は後記認定のとおり)を搬出奪い去ったことが認められ、右認定を覆すに足りる的確な証拠がない。

してみると、被控訴人三名の商品無断搬出なる行為が共同不法行為にあたることは前示①(1)に説示したところによって明らかであるが、被控訴人三名の右行為と、ライオン工業株式会社の不法行為との間に共同不法行為の関係があるといえないことは、前示③(3)に説示したところから明らかであるから、被控訴人三名は共同不法行為者として各自連帯してキタダに対し、被控訴人三名の商品搬出により同社に加えた損害(商品価額相当額)を賠償する義務があるといわねばならないが、ライオン工業株式会社の商品搬出分についてまで損害賠償義務を負ういわれがないことになる。

よって次に、被控訴人三名の共同不法行為によりキタダが蒙った損害額について検討する。《証拠省略》によると、被控訴人三名が前示のとおりキタダから無断搬出して持帰った商品の価額が合計金四〇万三、六八一円であることが認められ(控訴人は、右商品の価額が合計金二七一万九、〇五三円である旨記載した乙第一一号証――弁論の全趣旨により控訴人が作成したことが認められる――を提出しているが、同号証に記載されている各商品の価格と、成立に争いのない乙第一〇号証記載の価格とを照合してみると、同一商品の価格に著しい差異があることが認められるのみならず、前示のとおりキタダが卸売業者であるから、その価格は卸売価格を記載すべきであるのに、そのすべて小売価格が記載されていることが、《証拠省略》によって認められるところであるから、乙第一一号証記載の価額をもって被控訴人三名が持帰った商品の価額とは確認することができない。)、従ってキタダは被控訴人三名の共同不法行為により右同額の損害を蒙ったといわねばならない。

そして、控訴人が当審における第二回口頭弁論期日たる昭和四九年一一月二二日右損害賠償債権と、本件売掛代金債権合計金五五九万七、一二二円とを、対当額をもって相殺する旨の意思表示をしたことが記録上明らかであり、自働債権の弁済期が昭和四四年一二月三一日であることはいうまでもなく、右同日には既に受働債権の弁済期も到来していたことは弁論の全趣旨により認められる。

ところで、右のような相殺がなされた場合においては、一般債権者平等の原則に従い、共同不法行為者の債権額に按分して弁済充当すべきであると解せられるから、この方法により本件相殺による被控訴人三名の受働債権(売掛代金債権)への弁済充当をみるに、相殺適状に達した昭和四四年一二月三一日現在における被控訴人三名のそれぞれの受働債権たる本訴請求売掛代金元本額(被控訴人三名は同日以前の遅延損害金を請求していないから、これを考える必要がない。)に控訴人の前示自働債権額を按分して弁済充当した結果は、別紙弁済充当計算書記載のとおり、

被控訴会社の売掛代金残存元本額は金一八三万九、八八〇円同松本の売掛代金残存元本額は金一五七万二、〇三七円、利息金債権(相殺と無関係)は金二万五、〇〇〇円、右二口合計金一五九万七、〇三七円

同正木の売掛代金残存元本額は金一九二万円

となることが計算上明らかであるから、控訴人は被控訴人三名に対し、右各残存売掛代金及びこれに対する昭和四五年三月二六日(訴状送達後)から完済まで、商法所定年六分の遅延損害金を、また被控訴人松本に対しては、右のほか前示利息金二万五、〇〇〇円を、それぞれ支払う義務があるものというべきである。

四  そうすると、被控訴人らの本訴請求は右の限度において正当であるが、その余の部分は失当であり、これと異なる原判決の一部は不当であるからこれを変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条および九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 村上博巳 尾方滋)

〈以下省略〉

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